療育事業の運営で陥る「オーナーズトラップ」|組織が育たない仕組みとは

気づけば、自分が一番現場に出ている。判断も育成も採用も、最終的にはすべて自分に集まってくる。

質は落としたくないし、丸投げはしたくない。けれど、この状態が続いていいのだろうか。

療育事業を本気でやろうとするほど、オーナーは現場から離れられなくなります。

しかし一方で、現場を知らないまま経営だけを行えば、質の高い療育は提供できません。

入りすぎてもいけない。離れすぎてもいけない。

こういった不安の中で、多くの療育事業者が陥るのが「オーナーズトラップ」です。

オーナーズトラップとは何か

オーナーズトラップとは、オーナーが組織の中心的プレイヤーになりすぎることで、組織がオーナー依存になってしまう状態を指します。

もちろん現場に出ること自体が問題なのではありません。

むしろ療育という仕事においては、現場理解は不可欠です。

問題は、「自分がいなければ回らない」という状態が常態化していることです。


この形では、組織は育ちません。オーナーが頑張るほど、組織の自走力は弱くなっていくからです。

なぜ療育事業者は陥りやすいのか

療育業界は、このトラップを生みやすい特徴があります。


第一に、善意や使命感から始まる事業であることです。

多くの療育事業者は、「子どもを支えたい」「保護者の力になりたい」という強い思いを出発点にしています。

その思いが強いほど、「自分が最後まで責任を負わなければならない」という意識も強くなります。

目の前に困っているお子さんや、不安を抱えた保護者がいると、「任せる=無責任」と感じてしまうことはないでしょうか。


だからこそ、常に自分が確認し、自分が判断し、自分もサポートをしようとする。

この姿勢自体は素晴らしいと思います。

しかし、それが常態化すると、組織は少しずつオーナーありきで動くようになります。


第二に、専門職不足という現実です。

OTやSTなどの専門職は慢性的に不足しており、人が抜けた瞬間に現場は流れが止まります。

そのとき多くのオーナーは、「質を落とすわけにはいかない」と考え、自ら現場に入ることがあります。

それは当然の判断です。


しかし、その対応が一時的なものではなく、常態的になると、オーナー依存はさらに強まります。


第三に、制度ビジネスとしての複雑さです。

療育事業は、制度理解なしには成立しません。

加算、実地指導や監査、報酬改定、運営基準など、経営的な視点と現場感覚の両方が求められます。


小規模で始める事業所が多い中で、経営、制度対応、支援、社員育成のすべてをオーナーが同時に担う仕組みになりやすいです。

結果として、役割分担が進みにくくなります。


そして何より、療育の世界では「支援がうまい人」が評価されます。

子どもに変化をもたらせる人や保護者から信頼される人が、組織の中で自然と中心になります。

オーナー自身がその役割を担っている場合、なおさら離れなくなります。


つまり、経営者として一歩引くことよりも、現場のエースであり続けるほうが評価されやすいし、頼られる。

その文化であることで、オーナーは最も優秀なプレーヤーであり続けざるを得なくなります。


つまり、療育事業所のオーナーズトラップは能力不足から生まれるのではありません。

むしろ、真面目で責任感が強く、療育の質を本気で守ろうとする人ほど、深入りしてしまうリスクがあります。

オーナートラップが続くと何が起こるか

最初はうまく回ります。

オーナーが優秀であれば、現場は安定します。


しかし次第に、組織の土台を支える力が弱くなります。


支援の判断基準が言語化されないままになることで、職場はオーナーの感覚に依存するようになります。

またスタッフは確認すれば正解が返ってくる環境に慣れることで、自律的な判断力が育ちにくくなります。


その結果、再現性が育ちにくく、組織は「オーナー前提」で回るようになります


そしてこれが最もリスクになるのですが、オーナー自身の消耗です。

オーナーがすべてを抱え続ける仕組みでは、オーナーの気力や体力が長期的に持ちません。

もう一つの極端。放任するリスク

では、オーナーが現場から完全に離れればよいのでしょうか。

経営に専念し、実務はすべて任せる。

これは、一見仕組み化された理想形にも見えます。


しかし療育は人の仕事(属人的な要素がある仕事)です。

現場を深く理解していなければ、その事業所の療育はブラックボックス化します。


理念は掲げられていても、現場の判断とのミスマッチが起こりやすくなります。

そうなると、他の事業所と差別化できない「どこにでもある事業所」になっていきます。

療育の質が求められ、利用者から選ばれる事業所を育てていく必要に迫られている今、どこにでもある事業所では生き残ることができません。

このように、現場依存も問題ですが、丸投げもまた問題です。


大切なのは「どちらが良いか」ということでなく、「バランス」です。

私が陥ったオーナーズトラップ

私自身も、このトラップを経験しました。

立ち上げ期から現場に入り、ほぼすべての判断をしていました。
スタッフが報連相を行ってくれることで、一見統制が取れているように見えました。

しかし、そこに落とし穴がありました。

本来はスタッフが考えるべきことまで、私が答えを出していた(判断していた)のです。

「確認なんですが」と聞かれると正解を答え、「どうすればいいでしょうか」と言われれば質問の意図を汲み取りすぐさま指示を出す。

スタッフにとっては安心です。とにかく代表である私に聞けば、明確な答えが戻って来るからです。


しかしそのようなやり方をしていても、スタッフ一人ひとりの経験値(判断力や思考力)が積み上がりません。

それは「わからなければ、とりあえず代表に聞けばいい」という文化につながり、また自ら考え、自ら学ぶという社是と反対方向に向かってしまいました。


また、報告をしない人がいると、問題に気づかず、そのまま問題が放置されることにもつながりました。

その結果、一部の保護者の離脱にもつながりました。

「問題はすべて代表である自分に報告が上がっている」と思っていたため、報告されない問題にすぐに対応ができていなかったためです。

大きなクレームではありませんが、組織として問題点が浮き彫りになった瞬間でもありました。


そこで私はやり方を変えました。

すべてに即答するのではなく、私が判断すべきことかどうかを分けるようにしました。

例えば児発管から上がってきた報連相においても、内容を確認したうえで「これは上長としてあなたが判断してください」と差し戻すことも行いました。

もちろん「最終責任は私が取りますので、安心して判断してください。」という言葉を付け加え、スタッフが一気に不安に感じないように心がけました。

結果的にこの対応の変化によって、組織としては好転しました。

上長の役割と責任範囲が明確になり、児発管の判断力が確実に高まり、以後の報連相においても丸投げではなく、「この問題に対して、このように対応しようと思いますが、いかがでしょうか」と、提案型の報連相に昇華しました。

私の経験から学んだこと

オーナーが現場にがっつり入ってしまうことは、無意識(悪気なく)のうちにオーナー依存を生み、オーナーが疲弊するだけでなく、組織の成長が鈍化するということを実感しました。

オーナーの仕事は、最良の支援を自ら行うことではなく、最良の療育が提供できる組織を作ること、困ったときに気軽に相談できる関係を構築すること、全責任を取る覚悟を見せることでスタッフの自己判断スキルが高まり、小さくても強い組織を作ることができること。

このようなことを自身の失敗経験から学ぶことができました。

おわりに

療育事業は、情熱だけでも、仕組みだけでも続きません。

オーナー自身が立ち位置を明確にし、それをスタッフにも共有すること、オーナーもスタッフも同じ事業所の仲間でありながら、それぞれの立場でできることに取り組むこと、向かう先は同じであること。

このような方向性で運営を行えば、オーナーズトラップに苛まれることはないと感じます。

もし、今、オーナーズトラップの罠に足を囚われているなら、「自分の立ち位置はどこなのか?」と問い直してみることで、ヒントが見つかるかもしれません。

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